かの筝曲家宮城道雄(1894〜1956)は、随筆も数多く書いている。
次に紹介するのは、1937年に刊行された『垣隣り』という随筆集に収められたもので、現在は岩波文庫で読むことができる。
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それで、私は別に自分が光のない暗い世界に住んでいる反感というわけではないが、何か故障のために停電したりして、人が騒ぐのを聞くと、非常に面白い気がする。また、ある時は、自分の前の弟子に箏の稽古をしていると、弟子が急に弾けなくなったりする。そんな時に、私は何も知らずに弾いていると、傍に待っている弟子などが、くすくす笑っている。それは突然灯が消えて、狼狽しているのである。後になって私はそのことを知って、「さてさて」とやりたい気持になるが、しかし、気どるわけにはゆかない。
(「闇」――『新編春の海 宮城道雄随筆集』103ページ)
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「さてさて」と、ちょっと気どってみたい気持ちになっている宮城道雄。
この「さてさて」の本来の主役は、言うまでもなく塙保己一である。
1904(明治37)年の教科書の国定化に伴って刊行された『尋常小学国語読本』には、保己一の逸話を示す次のような文章が載せられていた ――。
或夜弟子をあつめて、書物を教へし時、風にはかに吹きて、ともし火きえたり。
保己一はそれとも知らず、話をつゞけたれば、弟子どもは、「先生、少しお待ち下さいませ。今風であかりがきえました。」と言ひしに、保己一は笑ひて、「さてさて、目あきといふものは不自由なものだ」と言ひたりとぞ。
―― 塙保己一の「さてさて」は、これによって広く知られることとなった。
宮城道雄の同じ『垣隣り』には、こんな文章がある。
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私は七つぐらいの時には、まだ少し目が見えていたのである。私は今だに覚えているが、学校に行きたくて堪らなかった。毎年市役所から書附が来ると、自分でも、もう今年は目がよくなって学校に行くことが出来るだろうと思っていたし、親たちもそう思って楽しみにしていた。それに拘らず入学出来ないので、来年はよくなって行けると思っているが、その時になると、翌年に廻されてしまうのである。その次の年にはよいだろうと思っていると、それも駄目になり、毎年四月が来るたびに、子供心に楽しんでいたのに、最後になって目が段々見えなくなり、いよいよ入学することが出来なくなってしまったのである。
(「及落会議」――『新編春の海 宮城道雄随筆集』164ページ)
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宮城道雄は視覚障害のために小学校に入学する年齢に達しても就学猶予となっていた。
入学の通知を毎年待ち望みながらかなわず、9歳の時に箏の修業に入る。
「さてさて」の話が『尋常小学国語読本』に掲載されたのはそれより後のことになるから、宮城道雄自身が教科書で直接これを読んだというわけではない。
後年、どこかで聞き知ったのであろう。
停電のたびに「さてさて」の逸話を思い出しながら、塙保己一に親近感を覚え、愉快な気分に浸っている宮城道雄の姿が想像される。《参考文献》
千葉潤之介(編);『新編春の海 宮城道雄随筆集』,岩波文庫(2002).
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