本間昭雄さんは20歳の時、医療事故で失明するが、そのことによって後に社会福祉の道に進む。
自身と同じ境遇の失明者の福祉ために、聖明福祉協会を設立。
そして、盲老人ホームの建設や盲学生のための奨学金制度の創設などの事業を成し遂げる。
そこには常に、妻・麻子さんの協力があった。
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彼は病院を退院すると、まず点字を習った。二三歳の手習いであった。半年で点字を習得すると、次は社会事業大学の門をたたいた。盲人の前例がないということで、大学側は難色を示したが、彼の熱意に押されて、一般の学生とともに学ぶことを許された。夕方、当時都庁に勤めていた後の夫人と、新宿で待ち合わせ学校へ行き、帰りは夜食のパンをかじりながらの通学であった。二年間、社会福祉の専門的な学習を終え、一九五三(昭和二八)年三月、卒業証書を手にすることができた。その年の五月、まさに二人三脚で通い詰めたよきパートナーと、結婚することができた。
(『盲人福祉事業の歴史』161ページ)
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昨年度、本間さんが、創設されたばかりの塙保己一賞で第1回の大賞を受賞したことは記憶に新しい。
本間さんは塙保己一大賞の受賞に際し、“盲人の幸せを願い、人生終末のホーム作りに努力してきた事”、“盲目の若者に「夢と希望の灯」を灯すべく盲大学生奨学金制度を創設し、今日まで多くの学生を援助し続けてきた事”が認められたと述べている。
第2回の塙保己一賞の候補者募集がきょう6月2日から始まった。
募集期間は9月1日まで。《参考文献》
谷合侑;『盲人福祉事業の歴史』,明石書店(1998).
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