愛の鐘

 埼玉県立盲学校では、毎年5月2日を「埼盲交通安全の日」と定めている。

 1974年のこの日、高等部普通科の生徒だった高橋節子さんが鉄道の駅ホームから転落して死亡するという痛ましい事故が起こった。
この事故の教訓に学び、視覚障害児者の交通安全確保への共通理解を図ることを目的に、毎年「交通安全の日の取り組み」という名の全校集会を行う。

埼玉県障害者交流センターの愛の鐘。


 さいたま市浦和区の埼玉県障害者交流センター内に「愛の鐘」がある。
この「愛の鐘」には「設置の趣旨」が次のように記されている。

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 昭和49年5月2日、埼玉県立盲学校高等部1年高橋節子さん(全盲・16歳)が大宮駅ホームの混雑状況の中でホームから転落し、入ってきた電車にひかれ、即死するという事故が起きました。
 当時、同駅には盲人用安全点字ブロックもありませんでしたが、この事故がきっかけで同駅の各ホームに盲人誘導用の点字ブロックが取り付けられました。
 こうした経験を踏まえて、埼玉県立盲学校や大宮視力障害者福祉協会並びにボランティアの人たちの間で、この少女の霊を慰めるとともに、このような痛ましい事故を繰り返すことのないよう「愛のひと声」運動など視覚障害者福祉の啓発活動を促進するために、「愛の鐘」を作成しようとの運動が始まりました。
 そして、募金活動及び設置運動が長年にわたって行われた結果、ここに念願がかない作成されるに至りました。
 「愛の鐘」は障害者社会福祉事業団障害者交流センターに寄贈され、この地に設置されることになったものです。
  平成7年5月2日
                 「愛の鐘」をつける会
                埼玉県社会福祉事業団
                障害者交流センター        
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愛の鐘の上部。二つの鐘は異なった音色を奏でる。

        愛の鐘の説明板。左に墨字、右に点字。


 高橋節子さんの事故の前年の1973年2月、東京の高田馬場駅で上野孝司さん(当時42歳)がホームから転落して死亡した。
上野さんの遺族が国鉄の安全対策責任、視覚障害者に安全に公共交通機関を利用させる義務を問うた「上野裁判」は、被告国鉄の責任を認める1979年の一審判決を経て、1985年に和解。
その後、駅ホームの点字ブロックの敷設が進むこととなる。
事故からは、すでに十年余が経過していた。
上野さんの教訓を迅速に生かすことができていたなら、その後の事故の多くは起こらずにすんだかもしれない。

 近年新しく開業した路線の駅などには、ホームドアやホーム柵が設置されているところもある。
公共交通機関の安全対策も少しずつ進んでいる。
しかし、こんにちに至るまで、高橋さんを含めて幾多の尊い犠牲があったことを忘れてはならない。


タグ : 埼玉県立盲学校 交通安全 埼玉県障害者交流センター

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